小社では毎年、「受験川柳」を募集しております。川柳は世代を問わず誰でも取り組めて、受験のような身近なテーマを元に作品を作れることが魅力の一つです。一方で、「川柳とはなにか」について知る機会は少ないのではないでしょうか。
そこで、本連載では受験川柳の選評者である尾藤川柳先生に、川柳の基礎知識や作句のポイント、楽しみ方などを数回に分けてご解説いただきます。
今回は句の作り方を見ていきましょう。
作句のプロセス
五七五に言葉を並べれば、川柳らしきものはできますが、古来、作句という行為には、手順があることが教えられてきました。
見入れ-趣向-句作りという段階があります。
◆ 見入れ=テーマ選び
まず何をテーマ(題材)とするかを決定します。テーマを選ぶうえで重要なポイントは以下の3つになります。
1️⃣物事の本質を見る
最も大切なのは、作者の「目」。表面的な浅いものの見方では、句もまた浅薄なものにしかなりません。この場合の「見る」というのは、「心を置いて見る」ことです。「心焉(ここ)に在らざれば視れども見えず」(『礼紀』の「大学」より)と言われるように、物事の表面のみを捉えるのではなく、隠れた真実の姿を心で捉えるのが「見る」ということです。
2️⃣新鮮さが命!
「目撃」という言葉があります。今日では、ごく普通に「目撃者」などという使われ方をされていますが、もとの意味は「目デ撃ツ」で、見えた表層を撃ち、本質、真実を見極めることですね。十七音しかない川柳作句の心得としても生きてくる言葉です。
また、この段階のコツは、「新鮮な題材」を選ぶということ。この新鮮というのは、「時系列的により新しい事柄」ということももちろん含まれますが、「同じことでも、これまで誰もそのような見方をしなかった」という意味があります。そんなテーマが見つけられれば、しめたものです。
3️⃣他者と発想が被らないように
さらに、公募川柳などでは、テーマや課題が決まっていたりします。そのため、応募作品のなかには、似た発想が多く寄せられる「類想句(同想句とも)」や、一字一句異ならない「同一句」が多く見受けられます。
例えば、受験川柳のテーマとなる「受験」は、昭和にも平成にも令和にもあるイベントです。多少の時代差はあれ、多くの人にとって「大変だが乗り越えるべき青春の一コマ」という共通の経験になります。
ここで新しさを見つけようとすると、「コロナ禍」であるとか、「戦争」や「経済」、「共通一次」から「センター試験」など受験システムの変化、「AI」時代の受験といった、同時代の背景を句に取り込みがちになります。万が一、同じ年に同一句があった場合は、同士討ちとなり、いずれの句も入選させることができません。類想句の場合には、例えば、受験川柳の応募作品を見てみますと
E判に伸びしろ有りと励まされ
E判定伸び代がある良い判定
E判定努力の先には良い判定
とか、
E判定良い判定と言いきかす
E判定いい判定と唱え合う
E判定いい判定と思い込む
といった句が、毎年寄せられていますが、似た発想の場合には、形の整った句や、言外に感じる部分がある作品が選ばれることになります。
しかし、似た発想になりがちだとしても、次の「趣向」でそれぞれの個性を出すことができます。
◆ 趣向=切り口を決める
趣向とは、対象へ向かう角度(切り口)と、切り取る範囲を決定すること、つまり作品におけるスタンスを決めることです。写真撮影における「フレームワーク」に似ています。
十七音に言いたいことすべてを盛り込むことはできません。したがって表現のポイントを絞ることになります。その際、何をポイントとして選び、どの部分を切り捨てるか、つまり、句としてどんなかたちに「風景化」するかが、一句の内容を決定づけることになります。
そのためには、どの角度からファインダーに取り込むかが重要で、上下左右にほんのわずかだけ角度をずらしても、ファインダー内の風景は変わります。
句に必要なものと、必要でないものは、それが広がりをもつものかどうかで判断します。というのは、それを含めることで、それ以外のものをどれだけ想像させることができるかが、真のポイントになるからです。
単純な例をあげれば、書架の本を漫然と映してもその部屋の主は、本が好きな人…ぐらいにしか伝わりませんが、もし机の上の赤本を写せば、学生さらには受験生の部屋であることが想像できます。言葉として表に現われるごく一端の風景によって、表に現れないそれ以外の風景を想像させるのは、切り取る角度にもかかっており、これが短詩型の特性である「凝縮」を導きます。角度が的確であれば、凝縮すればするほど、広がりは大きくなり、句の内容は豊かになります。
◆ 句作り
テーマが決まり、趣向が整えば、最後はどう言葉に表現するかという段階です。
川柳の仕上がりは、言葉の「形象化」にかかってきます。同じ内容(テーマ、趣向)でも、文体、レトリック(修辞)によって、まったく違った印象の句になり得ます。
一番大事なコツは「視覚的に描く」ことです。どういうことか、詳しく説明しましょう。
文体としては、まず「説明」にならないことが肝要です。また、「報告」、「理屈」も面白みがありません。これらを含めての観念的な物言い(普通の意味を伝える文章的な言い回し)はなるべく避けるのがベターです。
そのためには風景を描写することを意識します。視覚的に伝わるようにするとよいでしょう。以前の受験川柳の応募作品に、
という句がありました。確かにその通りで、作者は下がることを心配せず前を向くだけという思いが伝わってきますが、説明的なので今ひとつ広がりがありません。
とすれば、説明的に述べた観念の作品にも、少し広がりのある思いがイメージとして伝わってきそうです。「底の底」という表現が「下には下がらない」という説明口調を和らげてくれます。「説明」より「描写」をというのが、形象化の心得の一つです。
なお、どんな表現においてもタブーを設けるべきではないかもしれませんが、公募川柳など多くの人の目に触れるような作品の場合には、多少の注意が必要です。極端な猥雑・卑俗な用語や差別語を避けるようにしましょう。
いかがでしたか?作句の基本がつかめたのではないでしょうか。次回は作品のブラッシュアップの仕方、指導のコツについてご解説いただきます。
初回「川柳を知る」はこちら
第2回「川柳と俳句の違い」はこちら
第3回「川柳を作ってみよう①」はこちら
プロフィール
尾藤川柳
1960年、東京生まれ。
尾藤三柳、十五代脇屋川柳に師事。川柳公論編集委員ののち「川柳さくらぎ」主宰。
2016年、三柳の逝去により川柳公論社代表、「川柳はいふう」主宰。
2017年、十五代川柳逝去の為允可により「櫻木庵川柳」として立机、十六代目川柳を嗣号。
編著書に『川柳総合大事典』『川柳のたのしみ』他多数。
現職:十六代川柳。川柳公論社主宰。川柳文化振興会理事。川柳人協会理事。女子美術大学特別招聘教授。
公式ホームページ「ドクター川柳」http://www.doctor-senryu.com/